chiji's world peace radio

料理の模倣 思考の訓練 文鳥のモフ

幻影

 夕方頃、母から電話がかかってきた。

 「今、◯◯ちゃんのとこに来てるけど、暇やったら来る?」

 ◯◯ちゃんとは、母の友達でボクも仲良くしてもらっていた女の人だ。いつも明るくて、会うと楽しい気分になるので、◯◯ちゃんのことが好きだった。

 「うん、行く!!」

 ボクは急いで家を出て、◯◯ちゃんの家に向かった。

 その途中、ある女性に声をかけられた。

 「坊や、あるところまで行きたいんだけど、知ってる?」

 その場所はなんとなく知っていたので、ボクは”うん”と答えた。

 「じゃあ、そこまで案内してくれる?」

 その女性は、少し小太りで、喋り方に生気を感じなかった。ボクは早く◯◯ちゃんのとこに行きたかったんだけど「ちょっと急いでるんで失礼します」とうまく断る事ができなかった。

 そして、ボクはその女性の案内役を務めることになった。途中、特に会話はなかったように思う。

 数分後、女性の指定した場所に到着した。ようやく解放されると思ったが

 「ありがとう。でもわたしあそこまで行きたいから、キミも付いてきてくれる?」

 意味は分からなかったが、断れない性格のため、その女性に付いていった。辺りが暗くなりはじめた。そして”あそこ”に付くと・・

 「まだ先まで、いいでしょ?」

 どんどん知らない道に誘導されていった。少し雨がふりはじめた。知ってるようで知らない道。ボクは何度か立ち止まった気がする。その度に、その女性は「ごめんね、ごめんね」「大丈夫?」などと、声をかけていた。

 一体何時間歩いたのか?今は何時なのか?もし7時だとしたら、今頃は家で晩飯を食べている頃だろうな、と考えていたら、いきなり家族が恋しくなった。

 冷たい雨にびしょびしょになりながら、まったく知らない女性に付いて歩く。知らない風景に、聞きなじみのない女性の声。

 ボクは気がついたら走っていた。うしろで「どこいくの?」という声が聞こえた気がした。

 知らない道を「多分こっちだろう」とヤマカンで進んでいく。ある林をすりぬけると、見たことある景色が目の前に広がった。

 家に着くと、いつもの家族の姿にホッとした。

 なぜかは分からないけど、さっき起こったことは家族には話さなかった。今でも話していない。たまに思い出す幼き日の出来事。今、文字に起こしてたら気味が悪くなってきた。

 一体あの女性はなにをしたかったのか。

 

※当時は確か小学3年生くらいで、不思議なのは今までまったく覚えてもなかったことが、なんの気なしに急に思い出したりすること。ふわ〜と記憶が蘇ってきて「ああーそういえばこんなことあったなぁ」ってなる。

この場合、もし〜を考えてしまう。もし、あの時ずっと付いていったらどうなってたのか。最終的にどこに行き着いたのか?とか、場所が分からなくて帰れなくなったボクを、その女性がどうしたのか?とか。

とっさに走って逃げたものの、違う分岐ルートを選べば、どんな世界が待っていたのか?とか考えてしまう。いつになっても帰ってこないボクを心配して、家族は捜索に出るだろう。友達の家や他にボクが行きそうなところを探しまわり、それでも見つからないので警察に連絡する。大騒動になってたのは間違いない。

 

 追記:さっき母にこのことを話したら、どうやら1回だけ探しまわった経験があったらしい。そしたらボクがひょっこり帰ってきて、何があったのかなどは何も話さなかったらしい。